2011/2/6

Amazon『郭公の盤』(早川書房)

牧野修+田中啓文『郭公の盤』(早川書房)


カバーイラストレーション:フジワラヨウコウ、カバーデザイン:橘轟曇+T.A.B

 ミステリマガジンに連載され(2008年11月号〜2010年2月号)、2010年11月に単行本が出た牧野修、田中啓文による合作ホラー。さらにそれ以前には、ウェブサイトe-NOVELSにペンネーム(珠那岐佳乃)で連載されていた(サイト自体は2007年に閉鎖、内容を後継したサイトも既に閉じられてなくなっている)。また、著者らが自ら制作した(手作り)プロモーションビデオも話題になった。 
 
 終戦直前、皇居からある“盤”を奪おうとする軍人たち。中国で発見された銅鐸の破片。宗教団体をバックに持つ美術館が探す音楽。依頼を受けた音楽探偵は、その特殊能力を使って真相に切り込んでいく――謎は急速に収束しながら、やがて、古代から連綿と引き継がれてきた裏の存在を明らかにする。世界を破滅に導く、“郭公の盤”の正体とは何か。

 本合作は、リレー小説形式で、交互に章を分担しながら書きあげられたという。牧野修と田中啓文では、創作のスタイルが全く異なっているのだが、出来上がった本書自体の構成/文体に、違和感はあまり感じられない。牧野が提出する伏線を田中が補完する形で、古代遺物に纏わるホラーが伝奇的謀略小説へと展開する、中盤までのスケールアップは非常に面白い。反面、結末のクライマックスが性急すぎる(ネットの感想でも、そういう指摘を散見する)。奈良正倉院の蹂躙、大観衆を飲んだ国立競技場の虐殺、東京スカイツリー崩壊(ここまで来ると怪獣もの)までを最後の1割未満で書いたのだから、それまでのテンポと合わなくなるのもやむを得ない。

 

2011/2/12

Amazon『NOVA3』(河出書房新社)

大森望責任編集『NOVA3』(河出書房新社)


カバー装画:西島大介、カバーデザイン:佐々木暁

 テーマを設けない全作描き下ろしSFアンソロジイとしては日本唯一の《NOVA》シリーズ、2009年の12月に『NOVA1』、2010年7月に『NOVA2』が出て、同年12月に出たのが本書である。

とりみき(1958)「万物理論」:SFの定義がついに明らかに!熱狂に湧く島に赴く主人公を待っていたのは
小川一水(1975)「ろーどそうるず」:バイクとメンテナンス、人工知能同士の友情に似た交流の記録
森岡浩之(1962)「想い出の家」:思い出をVRで創造するサービス会社が受けた奇妙な依頼
長谷敏司(1974)「東山屋敷の人々」:不老処理を受けた当主と親類一同に蔓延する不協和音
円城塔(1972)「犀が通る」:仕事場として使う喫茶店で広がる、とめどない連想の作り出す世界
浅暮三文(1959)「ギリシア小文字の誕生」:ギリシャの小文字が生まれた過程に纏わる艶笑神話
東浩紀(1971)「火星のプリンセス」:「クリュセの魚」から15年後、主人公と娘に課せられた過酷な運命
谷甲州(1951)「メデューサ複合体」:木星の軌道に浮かぶ自動工場で起こった不具合の真相
瀬名秀明(1968)「希望」:天才物理学者の母親と、実験用ダミー人形の権威である父親に翻弄される娘

 今回も著者の年代が分かりやすいように、生年を入れてみた。前巻が60年代生まれ中心だったのに対して、70年代寄りになっている。30歳代の作家が増え、より「現在」に近づいたということだろう。このうち、東浩紀のみ長編の一部(連載第2回)、とりみきは『SF本の雑誌』掲載作に結末を追加したものである。「ろーどそうるず」の主人公はバイク。バイクは国内の生産数量がピークの4分の1に減るなど、もはや斜陽産業なのである。未来はますますそうだろう。そういう事実と重ね合わせて読むと、印象も少し変わってくる。「希望」は現代のさまざまな問題意識を凝集させた、非常に中身の濃い作品。著者はこういった課題を易しく書いてはくれないので、じっくり読むことをお勧めする。時事ネタとまでは言わないが、本書は全般的に「今」を感じさせる内容だ。

 

2011/2/20

Amazon『エステルハージ博士の事件簿』(河出書房新社)

アヴラム・デイヴィッドスン『エステルハージ博士の事件簿』(河出書房新社)
The Enquiries of Doctor Esterhazy,1975(池央耿訳)

カバーイラスト:斉藤高志、ブックデザイン:永松大剛(BUFFALO.GYM)

 翻訳されたデイヴィッドスンの短編集としては3作目となるが、本書は日本オリジナルではない。主に1975年に発表された《架空の19世紀を描くエステルハージもの》8作品を集めたもので、1976年に世界幻想文学大賞(短編集部門)を受賞した著者の代表作でもある。

眠れる童女、ポリー・チャームズ:30年間眠り続け、見世物となっていた女の運命
エルサレムの宝冠または、告げ口頭:帝国の権威の象徴、エルサレムの宝冠の行方を捜す博士の見たもの
熊と暮らす老女:老女が匿う“熊”の正体と、その秘められた顛末とは
神聖伏魔殿:複数の宗教が混在する三重帝国で、集会の許可を求めてきた“神聖伏魔殿”とは何者たちか
イギリス人魔術師ジョージ・ペンバートン・スミス卿:霊と交信する力を持つというイギリスの魔術師
真珠の擬母:安物故に取引が途絶えたある種の貝が、なぜ注目されるようになったのか
人類の夢不老不死:不良品の指輪を売りつける男、しかしその材料は本物より高純度の金だった
夢幻泡影その面差しは王に似て:ある日博士は、老王に似た男を貧民街でたびたび目撃する

 主人公エステルハージ博士(名前自体は中欧に実在する。たとえばハンガリーの貴族エステルハージ家)は、7つの学位を有し、スキタイ=パンノニア=トランスバルカニア三重帝国の由緒ある伯爵家に産まれながら、在野の学者として名を知られている。19世紀末、蒸気自動車(当初、ヨーロッパではガソリン車より蒸気自動車が優勢だった)が普及しようとしてはいたが、帝国の随所には中世やイスラム時代の文化が色濃く残っている。そこで巻き起こる事件は、神秘的/怪奇的というより、(現在の我々から見れば)異質の事件といって良い。まさに「異文化」との遭遇に近い体験だ。本書はそういう意味で、いわゆるミステリでもなく、多くのファンタジイとも違う。トールキンでも、その物語の中に現実とのアナロジイは残していたのだが、本書に中欧オーストリア・ハンガリー二重帝国との類似点があるかといえば、おそらくほとんどないだろう。ストレンジ・フィクションとか、奇想コレクションとかの名称は、まさにデイヴィッドスンにこそ相応しい。

 

2011/2/27

Amazon『完全なる首長竜の日』(宝島社)

乾緑郎『完全なる首長竜の日』(宝島社)


装画:小泉孝司、装幀:高柳雅人

 J・D・サリンジャーの有名な短編小説に「バナナフィッシュにうってつけの日」というのがあって、その原題 A Perfect Day for Bananafish を直訳すると「完全なるバナナフィッシュの日」となる。同作品のオマージュであることは、そこからも明らかだろう。本書は、第9回「このミステリがすごい!」大賞を受賞した注目の作品である。著者は、この他に『忍び外伝』で第2回朝日時代小説大賞も受賞。

 主人公は中堅の漫画家である。15年続いた連載が打ち切られ、しかしすぐに生活に困るわけでもなく、少し途方に暮れている。彼女には、自殺未遂で昏睡状態のまま目覚めない弟がいる。その弟とは、最新医療施設で会える。SC(スティモシーバー)インターフェースと呼ばれる技術により、面会者と患者とを脳の信号を通じて結びつけることができるのだ。けれど、その結果として、彼女の周りに奇妙な現象が起こり始める。

 繰り返される幼いころの記憶、自殺を再演する弟、首長竜(プレシオサウルス)の幻影、偽りの過去。SCというのは、デルガードによる脳埋め込みチップに由来する。こんなキーワードも出てくる。胡蝶の夢人生は夢ニック・ボストロムなどなど。ここから連想されるように、本書は多重化された「夢」(仮想)の世界の物語である。映画「インセプション」(2010)とも似ているが、模倣作ではなく、基本に忠実な書かれ方をしたと見るべきだろう。主人公の生活がリアルに描かれていて、そこから、サリンジャー/プレシオサウルス/幼い日の記憶が1つに収斂する結末は良くできている。