2008/5/4

Amazon『鼓笛隊の襲来』(光文社)

三崎亜記『鼓笛隊の襲来』(光文社)


ブックデザイン:松 明教、イラスト:まつ あきのり

 前作『失われた町』が集英社から出たのが2006年11月なので、1年4ヶ月ぶりの新刊になる。今回は「小説宝石」に不定期に掲載された短編8作と、書き下ろし1編からなる短編集である。全部あわせても300枚余、中篇1作分ほどにしかならない。

 鼓笛隊の襲来(2007/6):熱帯で発生した“鼓笛隊”は、無数の人々を巻き込みながら列島を縦断する
 彼女の痕跡展(2007/8):小さなギャラリーで展示されているのは、どこかで失われた主人公の痕跡だった
 覆面社員(2008/1):覆面を被ることで過去の自分と決別した、ある社員の顛末
 象さんすべり台のある街(2007/7):本物の老いた象が据え付けられた、郊外の住宅街にある小さな公園
 突起型選択装置(2007/12):体のどこかに押しボタンを持つ人たちは、常に監視の対象だった
 「欠陥」住宅(2006/1):決してたどり着けない部屋に閉じ込められた友人の姿
 遠距離・恋愛(2007/10):空中都市に住む彼と、地上に住む彼女との遠距離恋愛
 校庭(2007/1):久しぶりに訪れた小学校の校庭には、誰も知らない家が立っていた
 同じ夜空を見上げて(書き下ろし):5年前のある日、乗っていた電車とともに消滅した恋人の記憶

 本書に収められた短編は、“奇妙な味の小説”といえる。恩田陸が意識的に書いた『いのちのパレード』とも似ているが、本書のほうがテイストが一定している。隠されていた過去や、見えないふりをしていた真相が明らかになる瞬間を捉えたものが多く、そういう意味でも“日常からの踏み外し”=“奇妙な味”なのである。結末が曖昧なまま終わるものが大半を占める。それが、読み手に不安定感を与えるという効果を上げている。

bullet 『失われた町』評者のレビュー
bullet 『となり町戦争』評者のレビュー
 

Amazon『SFはこれを読め!』(筑摩書房)

谷岡一郎『SFはこれを読め!』(筑摩書房)


装幀:クラフト・エヴィング商會

 著者は大阪商業大学の学長だが、世代的には評者と同世代。専門が犯罪学なのでSFのプロではない。統計に関する新書は分かりやすく、SF関係者にも好評だった。古くからSFと慣れ親しんだ関係で、大学ではSFを教材にした授業を行うこともあるという。本書は、その際のやり取りをベースにした、ある種の入門書ともなっている。イラストは横山えいじ。

 第1章 異文化コンタクト/エイリアン−宇宙人は人間と似ているか …『幼年期の終り』/「地球はプレイン・ヨーグルト」
 第2章 ロボット−人間とは死ぬことと見つけたり …『われはロボット』/「バイセンテニアル・マン」
 第3章 タイム・トラベル−日本が誇る時間物の最高傑作 …『マイナス・ゼロ』/「美亜へ贈る真珠」
 第4章 文明/社会風刺−ユートピアはどんな世界か …『キリンヤガ』/『山椒魚戦争』
 第5章 医学/脳科学−愛さえあれば××の差なんて …『アルジャーノンに花束を』 /「理解」
 第6章 愛と犠牲−リーダーのジレンマ …『たったひとつの冴えたやりかた』/「冷たい方程式」
 第7章 戦闘/活劇−リーダーの成長と決断 …『エンダーのゲーム』/「無限の境界」
 第8章 人工知能−パソコンが自我を持つ日 …『月は無慈悲な夜の女王』/『アンドロイドは電気羊の夢を見るか?』
 第9章 タイム・スリップとパラレル・ワールド−歴史のifについて …『戦国自衛隊』/『発狂した宇宙』
 第10章 テクノロジーの進歩/ハードSF−ブラックホールと中性子星 …『竜の卵』/『リングワールド』
 第11章 センス・オブ・ワンダー−究極のホラ話 …『星を継ぐもの』/『ハイペリオン』
 座談会1−短編の愉しみ/座談会2−オール・タイム・ベストSF

 著者がSF好きで、啓蒙に向けて熱心なのは理解できる。しかし、新書で11章からなるテーマ別紹介には分量的な無理があるし(上記以外にも多数の作品紹介がある)、その上SFベストまで入れるのは明らかに詰め込みすぎである。そのせいか、あらすじの要約で面白さが伝わらない点や、なぜ紹介作が傑作なのかの具体的根拠が少ないのも気になる(研究書ではないので、書誌的な背景がないのはやむを得ない)。本書のテーマ/教材とする意味は、SFを媒介にしたある種の問題定義と、読み手に対する触発なのだから、そこに絞って作品数も厳選すべきだったろう。

 

2008/5/11

Amazon『天体の回転について』(早川書房)

小林泰三『天体の回転について』(早川書房)


Cover Illustration:中臣亮、Cover Design:岩郷重力+WONDER WORKZ。

 Jコレクションでは、第1期に出た『海を見る人』(2002)以来の2冊目。途中、SFでは『目を擦る女』(2003)、ホラーの体裁で『家に棲むもの』(2003)、『脳髄工場』(2006)といった作品集も出してきた。分類的に、論理的な説明が多いものをSF、直感的に分かりやすいものをホラーとして出しているが、もともと大きな差はない。本書は、これまでの収録短編が2000年前後の比較的古いものだったのに対し、最近の作品を収めているのが特徴だろう。

 天体の回転について(2005):科学文明が失われた未来で、軌道エレベータに迷い込んだ男の体験した旅とは
 灰色の車輪(2001):ラグランジュ・ポイントの小惑星に隔離された科学者が開発した新しいロボットの機能
 あの日(2003):ある教室の中で、厳しい科学考証を受けながら小説を学ぶ主人公の書いたもの
 性交体験者(2003):男女の地位が根本的に異なる未来、連続殺人鬼を追う刑事は事件に巻き込まれていく
 銀の舟(1997):乾いた惑星の表面、滅びた文明の痕跡を辿ろうとする主人公の見たもの
 三〇〇万(2008):戦うことを名誉とする戦闘種族が遭遇した、想像もつかない敵の正体
 盗まれた昨日(2007):短期記憶しか持てなくなった人類は、メモリに記憶を蓄積する方法を編み出したが
 時空争奪(書き下ろし):過去が別のものと置き換えられていく、それは次第に現代に近づいてくる

 本書はとにかく“説明”が多い。表題作では軌道エレベータで起こる現象、「灰色の車輪」ではアシモフのロボット工学三原則に絡む解釈、「あの日」になると執拗な物理法則の指摘、「三〇〇万」でも宇宙種族の行動原理をベースにお話が作られている。“理屈っぽい”という表現は褒め言葉ではないが、その韜晦さが逆に屁理屈の面白さに連なっているのが、いかにも小林泰三らしいところだ。

bullet 『海を見る人』評者のレビュー
bullet 『目を擦る女』評者のレビュー
bullet 『家に棲むもの』評者のレビュー
bullet 『脳髄工場』評者のレビュー
 

2008/5/18

Amazon『深海のYrr(上)』(早川書房)Amazon『深海のYrr(中)』(早川書房)Amazon『深海のYrr(下)』(早川書房)

フランク・シェッツィング『深海のYrr(上・中・下)』(早川書房)
Der Schwarm,2004(北川和代訳)

カバー写真:(C)Stockbyte/Getty Image、カバーデザイン:ハヤカワ・デザイン

 著者のフランク・シェッツィングは、ドイツのベストセラー作家。本書は、最近の海外ベストセラーに共通の、SFでもあり冒険小説でもあり、かつ国際謀略小説でもあるという横断的な特徴をすべて備えたものだ。ドイツのSF大賞である、2005年のクルト・ラスヴィッツ賞を受賞しているが、過去に『イエスのビデオ』(1998)が受賞していることでも分かるように、本格SFから周辺作品までを幅広くカバーする賞であるからだろう。本書のネタ本『知られざる宇宙』(2006)は既に翻訳されている。

 海に異変が起こっている。無害なホエール・ウォッチングの観光客が鯨に襲われ、漁船が次々と沈められる。深海底ではメタン・ハイドレードの層に未知のゴカイが大量発生する。やがて、この現象はヨーロッパに大惨事を引き起こす。一体その原因は何なのか。世界を同時に壊滅させようとする陰謀なのか、それとも自然の復讐なのか。世界の科学者を結集した分析チームと、破滅に雪崩落ちる事態の解明をめぐっての戦いが始まる。

 文庫で1600ページ(原書のハードカバーが1000ページ)という超大作。海洋を舞台にした作品なので、鯨に関わる問題や、海底油田からメタン・ハイドレードなどの海洋資源の現状、海を利用した軍事技術、権益を巡る国際政治と、さまざまな薀蓄が鏤められている。主張も、単純な環境保護に偏らず(最後はそこに落ち着くのだが)、さまざまな立場の人間(イヌイット出身の科学者、ノルウェイの海洋学者、石油会社の技術者、SETIの専門家、海軍の女性司令官からアメリカ大統領まで)を登場させることで説得力を高めている。途中で、これらメンバーは次々と交代していく。「深海のYrr」とは何ものか、という部分は、SFファンにとって驚くほどではないものの、納得できるレベルだろう。作者が意識していたかどうかは分からないが、さまざなSF作品(アイデア)までが、混交して見える点も面白い。

bullet 本書の公式サイト
bullet 『イエスのビデオ』評者のレビュー
 

2008/5/25

Amazon『ヴァンパイア真紅の鏡像』(角川春樹事務所)

平谷美樹『ヴァンパイア 真紅の鏡像』(角川春樹事務所)


装幀:芦澤泰偉、写真:Burt Glinn/Magnum Photos/amanaimages

 ホラー+SF『銀の弦』(2006)から、途中ホラー短編集『百物語』(2006/2007)や、つりをテーマにした『歌詠川物語 II』(2008)などを挟んで、平谷美樹の書き下ろし長編が出た。これもホラー+SFといえる内容だが、1500枚に及ぶ大作。

 とある銀座のバーで、フリーのジャーナリストが聞いた恐るべき吸血鬼の物語は、英国に赴任した日本人が古びたオルゴールを手に入れたところから始まる。薄汚れたその小箱に封じ込められていた少女は、日本人を破滅に追い込み、帰国した息子の運命までをも大きく狂わせる。岩手県の離島、東欧の小国と、閉ざされた地域に惨劇を巻き起こす吸血鬼の正体とは何か。

 これまでの著者の作品との最大の相違点は、“性”(セックス)に対する描写にあるだろう。ブラム・ストーカー以降、近代的なヴァンパイアの吸血行為は、性行為の暗喩として使われてきた。SFでも、例えば半村良『石の血脈』(1971)などで、セックスと不死性とは相互に深い関連性を見せる。お話はジャーナリストを狂言回しに、吸血鬼と呪われた少女との出会い、日本に招き寄せられた吸血鬼と下僕とされた人々が巻き起こす大量殺人(小野不由美『屍鬼』(1998)を思わせる)、アンチエイジングを売り物にする製薬会社の拠点(東欧の古城)での戦いと、大きく3部に分かれている。3つを貫くのは、小学生から大人になる中で、すべてを失い、非人間的な復讐に駆り立てられていく少年の物語である。膨大な吸血鬼に関する伝承/法則が書かれており、それだけでも読みでがある。そこにSF的な解釈を含め、吸血鬼の存在と人間原理とを絡めた点は、類作にない平谷美樹の特徴といえる。

bullet 『銀の弦』評者のレビュー