97/12/7

梶尾真治『ちほう・の・じだい』(早川書房)
 今年は妙に安心できる短編集が多くて、それをベストに選んでしまったりしたのだが、考えてみるとこれほど後ろ向きの態度もないわけである。作家の梶尾真治が後ろ向きだという意味ではなく、このような爛熟したSFだけが印象に残る個人的状況が、まさに保守的なのだ。とはいえ、本書を一冊読むことで、題材は新しく、スタイルは伝統的という、まさに完成された日本SFの形態がわかるはずである。短編集ではあるが、1冊の一貫した作品として読むことで、かえって各作品の面白さが際立つ。

A&B・ストルガツキイ 『滅びの都』 (群像社)
 どことも知れぬ都市で行われている“実験”。都市は人工的な太陽に照らされ、断崖と切り立った山とに挟まれた領域にある。さまざまな人間が送り込まれ、定期的に職業を変えながら、何らかの目的で活動をしている…ところが、誰にもその目的はわからない。ただ混沌がある。
 このようなタイプの作品は、旧ソ連時代にはアングラで出回っていた(正規には売られていない)。もちろんこの実験とは社会主義の揶揄なのであり、ソ連社会の矛盾を突いた内容だった。いまソ連はなく、ロシアの混沌がそれに変わっているけれど、矛盾が解決したわけではない。さらに密度を増して、世界を取り巻いている。
 本書は、ただでさえ読み難い内容なので、せめて訳文に読みやすさがほしいところ。
大原まり子、岬兄悟編『SFバカ本 たいやき編』(ジャストシステム)
 バカ本の第3弾。アンソロジイが売れるのはよいことである。まーしかし、このシリーズが売れたのはSFのバカアイデアだけではなく、テーマの危なさであろう。デブ、やおい、ゲイ、ストーカー、変態、ときて、究極は大原まり子の、“オタクと殺戮”という得意テーマを取り上げた短編か。この内容では、本来の奇想アイデアである岡崎弘明が浮いてしまう。そういうものだと割りきって読む限り、本書は何とも軽快に読めるケッサク・アンソロジイ(悪口にはなるまい)といえるであろう。

97/12/14

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谷甲州 『急進 真珠湾の蹉跌』 (中央公論社)
 ついにアメリカとの戦争に突入。しかし、この世界の真珠湾は、完勝ではなくミッドウェイの敗戦をないまぜたものとなった。という、いつもの自制の効いた架空戦史。日米開戦までに10冊を数える大作となり、当然この先ももっと続く。世間では、お手軽架空戦記もまだまだ多い、というよりそちらが主流のようである。その中で、谷さんの作品がどういう読まれ方をしているのか興味深い。物理的制約の多い(新刊以外のスペースが狭い)新書ながら、書店に常備しておいてもらいたいシリーズである。


brain1.jpg (3748 バイト) 瀬名秀明 『ブレイン・ヴァレー』(角川書店)
 本年最後の話題作。過疎の村落で古来より続く儀式…満月の夜、巫女が呼ぶ“光”の正体とは何か。この地に国家プロジェクトとして建設された巨大研究所、ブレイン・テックで進められている研究の真の目的とは何か…。
 前作『パラサイト・イヴ』はSF者にははなはだ評判が悪く、菊池誠(物理屋)に代表されるごとく、「ミトコンドリアが意志を持つわけない」という、SFで許される最低限のリアリティを問題にした意見が多かった。しかし、その点に関しては本書の改善は目覚しく、およそ胡散臭い諸説、UFO、臨死体験、宇宙人による誘拐云々を、先端科学分野である脳科学、人工生命等に見事にリンクさせている。この手法は近年のSFではめったに成功していない。ほとんど力技に近い芸当なので、賞賛に値する。一方、小説自体は、物語の前半でやたら詳しい脳メカニズムの説明が出てくるなど、前作と同様読み難い一面がある。本書がどれだけ売れるか知らないが、これが受け入れられるのならば、どんなSFであっても受容可能といえるのではないか。SF大賞間違いなし、といってもまだ先は長いですが。ところで、最後のアイデアは、ある種の“ミーム”ですね。
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97/12/20

  ポケモンが放送中止になって、子供が怒り狂っている。例の回のビデオはありますが。光刺激性を含めたてんかん現象については、上記ブレイン・ヴァレーにもくわしい。

マイケル・マーシャル・スミス 『スペアーズ』(ソニーマガジン)
 英国作家のSF。クローン飼育施設の描写に始まり、巨大な飛行都市ニューリッチモンドの光景が現われるところは、なかなか迫力がある。月並みながら“ブレードランナー”風である。ここを舞台に、元警官の主人公が、連続殺人の謎を追っていくハードボイルドなお話。とはいえ、ベトナムを意識した異世界の戦場“ギャップ”が出てきたあたりから、物語はリアリティを失って、ありがちな類型的展開(帰還兵シンドローム)になってしまう。ちょっと残念ですね。よく考えてみると、冒頭のクローン農場は、スミスの「ショイヨル」に似ているのだった。
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97/12/30

 今年最後の作品として、矢作俊彦の『あ・じゃ・ぱん』を読んでいましたが、間に合いそうもないので上記で締めとします。今年は、創作ではプロパー外の大作とトラディショナルな作品が目立ち、翻訳でも同様の傾向が見られました。SFの主流が実はSFの外にあるわけで、興味深い状況といえるでしょう。当面この状況は続くのではないでしょうか。
 

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